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アパルトマンの窓辺 〜Bonne Chance〜 最新作 2008年10月上旬リリース予定 御予約受付中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE シルクスクリーン 48.0*73.0c 2008 花屋の店先に並ぶブルー系の花々の可憐な美しさに、つい足が止まる。 そこには様々な種類の青や色紫の花が咲いた鉢植えが、生き生きとディスプレイされていた。 見ているうちに、なんとも爽やかですがすがしい気分になってきた時、ふと気づいた・・・ 「こんな色合いの花を主役にした絵は、今まで描いたことが無かった」と。 丁度その頃、パリでの個展へ向けての制作に集中していたせいか、 青い花々を飾るうってつけの場所として、 パリの街を背景にした窓辺の風景が、自然に頭に思い浮かんできてしまった。 もしも、パリの瀟洒なアパルトマンの一室の住人だとしたら・・・ パリらしいオスマン様式の建物、 その窓の外側に付いた鉄製の飾り手すり越しにパリの遠景が広がり―― その窓辺には―― 小さな植木鉢やアンティークの色ガラス器に投げ入れた青や紫の花々―― それらを優しく静かに包む白い日差し―― イメージが少しずつ形になってゆく。 花のそばには、気に入った色合いの小物も無造作に置いてみるだろうし、 ガーデニング風な楽しみもそこにあって欲しい・・・。 不思議と心癒される花の色彩は、キャンバスの上にあっても、パレットの上にあってさえも、 心に元気がもらえる様な気がして、軽やかに描き進めてゆくことができた。 芸術橋の上で 〜Pont des Arts〜 お取り寄せ (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE シルクスクリーン 31.2*130.0cm 2008 ●当版画作品の特色● 「パリ個展開催記念エディション」として、笹倉鉄平自身が、画面内の橋の上に2〜3人の人物などを、一枚一枚異なる様にアクリル絵の具で描き加えており、オリジナル性の高い版画となっております。 また、制作(エディション)数につきましても、本年が“日仏交流150周年”であることにちなみ「150」枚に限定した、希少価値のある作品となっております。 “芸術の都”パリを流れるセーヌ河には、特徴ある素晴らしい橋が数多く架かっている。 とりわけ、ルーブル美術館と左岸にある国立芸術学校の界隈を結んでいる 「芸術橋(=Pont des Arts)」には、画家として心惹かれるものを感じてしまう。 また、その奥に見えている白い石の橋は、詩などに詠われて有名な「ポン・ヌフ」で、 その優美な姿は、鉄製の芸術橋との見事な対比を見せており、描いてみたい衝動に駆られた。 河岸から、この二つの橋がバランス良く重なって見える場所を選んでスケッチをした時には、 横型スケッチブックだったにも関わらず、描きながらもっと右へ右へ横へ横へと紙を次々と足してゆきたい気分になった。 更に、パリの街の歴史はここから始まったとわれるシテ島を、絵の中央に配しつつ、 橋の全容を収めようとした結果、かつてなかったほど横に扁平な絵が出来上がった。 歩行者専用の橋である芸術橋の上では、場所柄か、多種多様な人々の姿が見られる。 世界各地からの旅行者は言うまでもなく、日常利用のパリジャン・パリジェンヌ、絵を描く人、 音楽を奏する人、年老いた男性、うら若き女性、親子連れ、恋人たち、子供同士、犬たち・・・ 世界中から集まったたくさんの人が、それぞれの目的と、様々な思いと、各々の人生のドラマを抱えてそこにいる。 自分を含め、人々がたまたまこの一瞬にこの橋の上で交差して、 今と同じ状況がここで二度と繰り返されないとは…人生の縮図の様にも思え、妙に感慨深い。 そこで、ふと思いついたのが、完成した版画に、直筆で橋上の人物を2、3人ずつ描き加え、 一枚一枚同じものが無いようにしてみることで、 常に変化してゆく、人と時間の流れや、出会いなどの橋上のドラマを表現することができないか…というアイデアだった。 ――橋は、どんな人も選ぶことなく、拒むことなく、 平等に通行を許しながら、常に河と時間(とき)の流れの上にある。 水辺のスケッチ・スィート 〜Four Skdtches of the Waterside〜 水辺の四季シリーズ ジクレ&シルクスクリーン イメージサイズ 夏:21.0*33.0cm イメージサイズ 秋:30.2*23.3cm 四枚セットはお取り寄せになります バラはお取り寄せできません。 夏・秋、好評展示中(春・冬、完売) どんな国を旅していても、水辺での光景はどこか物語性を秘めており、心惹かれてしまう。 絵に描きとめずにはいられなかった数多くのスケッチから、特に四季を感じるものを選び出してみると、 川、湖、泉、池と、それぞれに趣きの異なる水辺の四景であった。 そして、これらのスケッチに描いた題材、 つまり、移ろいゆく季節の”はかなさ”や ”あやふやさ”を表現するには、 不透明な絵の具を重ねて”存在感”を出すことが出来る油彩画よりも、 薄く淡い色彩で優しい印象になる淡彩の方が似合っていた。 夏 ルツェルン夕景 〜At the Lakefront in Lucerne〜 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE ジクレー&シルクスクリーン 21.0*33.0cm 2008 スイス、ルツェルン湖で、 街の中心と宿の往復で何度も行き来した湖畔の遊歩道をとても気に入ってしまい、 そこにあったベンチに座って長いこと景色を眺めていた。 その時は秋だったのだが、もしも暑い夏の休暇をこんな爽やかな場所で過ごせたら、 どんなに素晴らしいだろうかと想像し、憧れを込めてこの夏景色を描いてみた。 夕暮れ空は暗いにも関らず、明るく澄み渡る清涼感を強調したいと思い、 敢えて紙の白を生かして、限界までに明るく夜景を描こうとチャレンジした。 秋 リュクサンブール公園の泉 〜In Front of the Fountain Marie de M仕icis〜 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE ジクレー&シルクスクリーン 30.2*23.3cm 2008 パリ左岸、リュクサンブール公園にあるメディシスの泉付近は、 四季折々にがらりがらりとその表情を変えるので、 季節ごとに訪ねてみたいと思わされる一角だ。 とりわけ秋は、木々が黄色に染まり、黄色の菊花が周囲に活けられ 、 水面までもがその映りこんだ色彩に染まって輝いていると 、 視界いっぱいが黄金色で占められてしまう 。 その不思議な別世界感に似合う主人公として、”泉の精”に見立てた少女を正面に配した。 ビスケット・ショップ 〜Bisucuit Shop〜 お取り寄せ (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE シルクスクリーン 66*24cm 2008 印象派の画家ポール・セザンヌ生誕の地、エクスの街を久しぶりに再訪した。 プラタナスの並木が続き、歴史ある噴水がそこかしこに残る洒落た雰囲気の街で、 セザンヌがアトリエを構え、ここでの創作にこだわったのもうなずける。 よく晴れた午後―― 広場に面した家並みの壁に、穏やかな陽光を受けた木漏れ日が描き出す、 微妙な光のゆらめきの表情の美しさに思わず目を奪われた。 その下方に目をやると、また、なんとも可愛らしいお菓子屋さんがあるではないか。 老舗というわけでもなさそうなのに、 古い様式の伝統的な店構えをちゃんと踏襲しているのも、より好感が持てる。 そのたたずまいは、若い頃、好きで収集していたフランスの絵本の中の一頁に登場しそうな、 特別な色あいとムードを持っているかの様に目に映った。 幼い日に駄菓子屋の前でワクワクしているのに似た高揚感を覚えて、童心に返ってゆく。 そんな少々ノスタルジックな気分を、フランスの絵本に登場する様な、 “カラフルでありながらも少し渋い色調”で描いてみたいと思った。 子供のみならず、むしろ多くの大人たちが、 少々はにかんだような笑顔や満面の笑みを浮かべて、 お菓子の詰まった袋を携えて店先から出てくる様子に、何だか少し嬉しくなる。 ――そんな光景を、ビスケットをかじりながらスケッチしていた。 八坂の塔 〜Always〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE シルクスクリーン 72.5*40.5cm 2007 京都・東山にあって多くの人々に親しまれている「八坂の塔」。 正式には法観寺といい、飛鳥時代に聖徳太子によって創建されたと云われ、 何度かの焼失を経て、現在の塔は1440年に、白鳳時代の様式を踏襲し再興されたという。 そんな悠久の昔から、人々の暮らしを見守ってきた塔。 ヨーロッパなどでも、こうした建造物を見るにつけ、同じ感慨を覚える―― 街や村のどこからでも見える古い教会や城址や塔というものは、 それを日々眺め暮らす地元の人々にとって、とても身近で親しみ深いものだ。 仕事や旅先など他の場所から帰ってくる度に、その姿を見て安心を感じる存在なのだと聞く。 それは日本各地でも同じであろうし、勿論、京都でもそうだ。 長い年月、どれだけ多くの人が、その不動の姿を、 様々な思いや願いを持って見上げてきたことだろう。 社会も人も、常に変化してゆく世にあって、 「変わらぬもの」として、その美しく堂々たる姿で、 不安定になりがちな人の心というものに、 安らぎや懐かしさや憧憬を与え続けてきたのだろうと思う。 「ありがとう」という言葉を、思わずかけたくなった。 雪の町家通り 〜“Machiya” Street〜 お取り寄せ (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE シルクスクリーン 34.7*99.7cm 2007 町家とは、江戸時代から概ね戦前ぐらいまでに建設された 商人・職人が住居兼仕事場とした家屋のことで、 隣同士が、軒を接して建てられている。 多くは、通りに面する間口が狭くなっているが、存外、その奥行きはたっぷりとある。 京都でも、近年はどんどんその数を減らしているそうだが、 それでも、ここ最近の”町家ブーム”なるものが、 多少は、その傾向に歯止めをかけているようにも見受けられる。 人々がその良さに気付き、見直され始めている町家の在り方も様々で、 扱う商品もそのままに、昔のままの姿で在るもの、 懐かしさを求める人々の気持ちから復刻されて在るもの、 扱うのは海外の商品であっても、京都の個性として尊重され、その姿を留めて在るもの等・・・ 昔の如く、町家が延々と通りに並んでいたら、どんなに美しいだろうか? “見てみたい”と、思う気持ちがこの絵を描かせた。 京都の街の中心部に点在する色々な町家をスケッチして集め、並び代えながら、 架空の通りを創っていった。 普段着の人々が行き交い触れ合う穏やかな生活と、 それが似合う町家の情景が目の前にあったとしたら、 きっと心に暖かいものを呼び起こしてくれるだろう。 描きながらも、ほんのりとした幸福感を覚えつつも、 一体”幸せな暮らし”というのは何を以って言うのだろう、と思いを巡らせた。 サン・ジェルマン・デ・プレ 〜St.Germain des Pres〜 お取り寄せ シルクスクリーン イメージサイズ22.0*22.0cm (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 2007 ヨーロッパの都市のうち、今までに最も頻繁に訪れているのは、恐らくパリの街だろう。 それなのに、秋もたけなわの紅葉の季節は、この時が初めてだった。 この時期の日本は、いわゆる「芸術の秋」――展覧会シーズンでもあり、 多忙にまかせ、まとまった旅程を取ることが毎年難しかったせいなのだろう。 18世紀頃の建物が中心を成し、街並が統一されているパリは、 他のどの季節でも独自の雰囲気を持ち、美しい街だといつも感じるが、 深秋の顔は、少し切ないような大人のセンチメンタリズムを刺激してやまない。 パリ左岸きってのお洒落エリアである、サン・ジェルマン・デ・プレ。 描いた場所の右手前側には、サン・ジェルマン・デ・プレ教会、 その対面側には、ランボー、ピカソ、ヘミングウェイらも通ったという 有名なカフェ「ドゥ・マゴ」がある。 ここはバス亭の並ぶ、小さな広場になっている場所。 教会前を貫けてセーヌ河畔へ出ようと、ボナパルト通りへと足を向けた時、 このシーンに出会うことが出来た。 気まぐれに降ったり止んだりしていた小雨に濡れた石畳に光が反射し、 暗く沈んだ空をバックに、金色に色づいた街路樹が、 街灯や店の照明に絶妙に照らし出されていて、なんとも美しい。 そんな風景を横切って、人々が忙しげに行き交っていた。 「小さな秋」の歌の一節が、頭の中をふっとよぎり、 ミニアチュールの様に、キャンバスに描かれた小さな小さな絵が頭に浮かんできた。 オストゥーニ 〜Ostuni〜 お取り寄せ シルクスクリーン イメージサイズ43.0*114.5cm (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 2007 イタリア特有のカラフルな黄土で色づけされた家並みも、 国土の南端あたりまで下るにしたがい、真っ白な石灰に塗られた街や村に変わってくる。 これは、ローマ人文化が南下するよりも更に前の、 地中海世界からの影響を色濃く伝えているからなのだそうだ。 そんな白い街の一つオストゥーニの旧市街は、 迷路のように狭い道や階段が立体的に連なり、 以前訪れたことのある、ギリシアやスペイン南部の白い街々を思い出させた。 旧市街中心部の全体像を遠くから眺めたいと考え、 たまたま入ったカフェの主人に聞くと、”良い場所がある”と地図に指し示してくれた。 街を背にして、なるべく後ろを振り返らないように、 ワクワクしながら街外れのその場所へと向かって歩いてゆくと、ここだと分かる箇所へ着いた。 そして、振り返った景色の、映画のワンシーンを見る如き迫力に息を呑んだ。 ・・・目にした瞬間から、”大きな絵を描こう”と頭の中での準備が始まった。 そうこうしているうちに日が暮れ始め、街灯や家々の窓に灯りが次々点ってゆく。 照明の灯りが影響を受け易い白壁は、幻想的なものへとどんどんその表情を変えていった。 更に、翌朝、同じ場所へ戻ってみて驚いた。 前日は、午後だったせいで逆光だったのだが、 目の前で朝の陽光をまばゆい程に浴びる白い壁と、くっきりとした影の効果で、 街全体の立体感が強調され、また異なる感動を覚えたからだ。 逆光の夕暮れ時では”白さの美”が際立たず、かと言って、朝の光では幻想的な風情を失う。 どちらを取るべきか・・・はたと困ってしまったのだが、 ”それぞれ異なる時間帯のイメージを、一枚の絵に同時に描くことは出来ないだろうか” という思いに、いつしか巡りついていたのだった。 ヴァカンス 〜Vacances〜 好評展示中 “画業15周年記念作品 2枚組” (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 1枚でも購入できます 南フランス、マルセイユからバスで一時間ほど行った所に、カシーという小さな港町がある。 かつて、画家のマティス、デュフィ、ドラン、ヴラマンク等もここを描いており、 一度足を運んでみることにした。 東のピュジェ山塊、西のカナイユ岬に挟まれた入り江の、小さな漁港ではあるけれど、 地元の人々のリゾート地として人気があるようで、夏場は活気に満ちている。 静かな入り江の懐に囲まれた夜の港は、 ここ暫く心に描き探していた理想のモチーフに近く、制作意欲をかきたてられた。 まず、横に長いキャンバスに描こうと思い、港全体を見渡せる位置からスケッチをしてみた。 すると、左側の家並みがななめ奥へと入り込んでいる為、よく見えない。 そこで、自分の位置を左側にあった防波堤へと移すものの、 左の家並みの見映えはちょうど良くなるのだが、今度は右側の方のおさまりが悪くなってしまった。 どうしようかと迷いながらも、結局、右と左の家並みが それぞれにベストな形で画面におさまる立位置を選び、一枚ずつ二枚に描く形をとりながらも、 並べて見ると、その二枚がつながって見えるように工夫しながら描くことにした。 夕暮れ時、この絵にも描いた海に面したカフェで、 ご当地料理のブイヤベースを食べながら、静かに凪いだ海に目をやる。 水面に映る世界が、時折吹くそよ風にあわあわと揺らぐ。 その穏やかな揺らぎは、まるで疲れた神経をほぐすマッサージの如く心地よく目に映る。 そんな魅惑的な感覚を、ストレートに表現しようと試みた。 もしも自分がヴァカンスをとるなら、 “これぐらいのこんな”街がちょうどいいと思った。 プティ・ボヌール 〜Un Petit Bonheur〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 南仏プロヴァンス地方に点在する村々を巡っていた時。 とある小さな村の一角で、店のガラス越しに 小さな絵が感じ良く掛けられているのが目に留まり、入ってみることにした。 雑貨屋か何かかと思っていたが、そこは花屋だった。 店内のスペースは、まるでリビング・ルームの様でもあり、 雑貨なども販売しているせいか、いわゆる花屋らしい花屋ではない。 唯一、それと気付かせてくれるのは、無造作に花を入れた数々のバケツだけだった。 思わずスケッチしたくなる様な、とても良い雰囲気だったのだが、 流石に店内に居座ってそんなことをするわけにもいかず、 その印象だけを目の奥に焼き付け、後ろ髪をひかれる思いで店を後にした。 しかし二日後、違う村で似た感じの花屋に再び出会うことになった。 そこは、アレンジメントを作りながら、ゆったり、のんびり構えていて、 またもや、“花屋らしさ”は薄い店だ。 なんだか、もう「描け」と背中を押されている様な気持ちになり、中へ入る。 今度は前にも増してゆっくりと店内を観察し、そのお礼の様な気持ちもあって、 小さな花束をひとつだけ買ってホテルへ帰った。 早速それを飾ってみると、その色彩の効果なのか、味気ない部屋の片隅が、 淡い灯りが燈ったかの様に優しく見えた。 それを眺めつつ、二つの店の気に入った所を基に、自分の理想などを混ぜ合わせながら、 想像の花屋と、その外の様子などをスケッチに起こしていった。 そして、中央に小さな花束を抱えている女性の”小さな幸せ”を描くことにした。 プレゼントか、食卓に飾るものか、はたまた自分へのご褒美かもしれない。 花に限らず、日常の中のこうしたちょっとした工夫と小さな贅沢への努力の積み重ねが、 暮らしに潤いや幸福感を広げていく。暗いニュースや、ストレスが多い世の中、 せめて自分の居住空間ぐらいは、心休まる気に入りの場所であって欲しいと思う。 エクリューズ浜 〜Plage de l'ecluse〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE フランスはブルターニュ地方、海辺の保養地として知られるディナールの街。 岬の尾根の上には英国風メゾンの瀟洒な別荘が建ち並び、 美しく弧を描く海岸線を持つ、エクリューズ浜を擁している。 遅い午後の時間から、ぼんやり海岸を眺めていると、 潮の満干の差が大きいこの地方では、あれよあれよという間に潮が干いてゆき、 ついさっきまで波が打ち寄せていた遠浅の浜辺が、ドラマチックな変化を見せる。 ストライプの様な波痕の溝に海水を静かにたたえ、そこに暮れゆく空の色を映す。 非現実的な色へと染め上げられた砂浜に吸い寄せられる様に、その真ん中に立ってみる。 東の空を見れば、まだ昼の色を残して淡青く、 西の空を見れば、夕陽に晒された薄明の余韻の色彩がグラデーションを織り成す。 生まれて初めて体験する、瞬く間に姿を変えたその自然の創造美に周囲を取り巻かれ、 胸の中に不思議な感動が広がっていった。 フランス人映画監督のエリック・ロメールが『夏物語』という瑞々しい恋愛物語の舞台として、 この地を選んだことに共感しながら、眼前の光景に身をおけば、 「青春時代の恋心は、一瞬にして日常の風景を一変させてしまう」という一節が、 なんとなく呼び起こされるような気がした。 広々とした浜辺を舞台に、夕陽に演出されて現実離したショーは、心地良い幸福感を胸に残した。 イルミネーション 〜Illuminations〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 真冬のドイツ山間部を訪ねていたある日、朝早く外へ出てみると・・・ 樹木の枝という枝が、積もった雪を載せてキラキラと輝いていた。 澄み切った冬の空気で、遠近感が弱くなっているせいか、 重なり合って見えている枝々が、細かく編みこまれた純白のレース模様のように見えた。 自然の創り出す造形はなんと美しいのであろうかと、ため息をつかずにはいられなかった。 そして、その様子を是非絵に描いてみたいという気持ちになった。 樹木のフォルムを活かしたいと思い、帰国後、縦長の変形キャンバスを用意して、まず樹々のデッサンから始めた。 描き進めてゆくうちに、だんだんと頭の中に絵の全体像が浮かんできた。 家は、ドイツ風ではなく、フランス内陸の山間部に見られるような様式の方が、 なぜかこの絵には似合うように思え、昔のスケッチブックを参考にしながら描いていった。 そして、下描きが出来上がった頃、ドイツのとある田舎街の外れにあった結氷した池で そり遊びをしていた子供達のことをふと思い出すと、 絵の中に主役として登場させてあげたくなった。 こうして、誰一人行ったことも、見たことも無い、現実に存在しない空想の景色が絵になった。 制作の間中、私の心はずっとこの静かな雪明りの世界で遊んでいた。 浜辺の日曜日 〜Sotto la Luce del Sole〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE ※ デラックス版有ります イタリアン・リビエラと呼ばれる地域の東端辺りに位置するポルトフィーノ半島。 そこには、リゾート地として世界的に有名な漁村ポルトフィーノがある。 その知名度の高さからか、半島の反対側にあるカモーリという小さな港町は、 逆にほとんど知られていないようだ。 しかし、この町にもまた違う魅力があり、ここを訪れるのは三度目であった。 よく晴れた日曜日だった。 港の反対側に広がる玉砂利の浜辺では、多くの人が思い思いにくつろいでいた。 陽射しを求めてなのか、水際を散歩したり、寝転んだり、座って本を読んだり・・・と、 それぞれにのんびりと、うららかな休日を楽しんでいるようだ。 早速、"郷に入っては郷に従え"とばかりに、その浜辺に腰を下ろすことにした。 視界いっぱいに広がる地中海と広い空、そして、ゆっくりと形を変えながら流れる雲。 こうしているだけで、何も要らない・・・と思える程、心が和らいだ。 寝転んでみれば、まるで子供の頃にもどってしまうかの様な感覚を覚え、 のびのびとして、そのまま穏やかにゆっくりと時間は過ぎていった。 『あせることなんて何もない。じっくりと行こうよ・・・』という声が聞こえた気がした。 夕陽が水平線に近づくにしたがって、青かった空はうっすらと黄味がかる。 そして、オレンジ色がそこに足されてゆき、空と海は涙が出そうな程優しい表情を見せた。 その瞬間を、そして、この感じを絵にとどめておきたいと思った。 うたた寝 〜Napping〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 春未だ浅いフランス、ブルターニュ地方のとある港町でスケッチをしていた時のこと・・・ 小雨がパラパラと降ってきた。 とにかくどこでも構わないから雨宿りを・・・と見回すと、こんな町外れにも関わらず 小さなカフェを見つけ、これ幸いと急いでそこへ足を向けた。 勢いよくドアを開けると、大柄で一見強面の店主と、 これまたいかつい感じの常連客風男性の視線が同時にこちらへ向けられた。 鋭い一瞥に一瞬躊躇して、足が止まりかける。 思わず目をそらすと、ドアのすぐそばにある椅子の上で一匹の犬が眠たげにこちらを見上げていた。 少々ほっとしてテーブルにつく。 よく見れば、椅子にはその犬の為の"マイ座布団"が敷かれており、 そこは正に彼専用のスペースのようだった。 「こう見えて、このご主人、意外と優しくて気のいい人なのかもしれない・・・ 客がいない時は、この犬とどんな話をしているのだろう・・・?」 冷えた体に沁みた、主人の珈琲の味は、大人の苦味にほのかに香る甘さがあった。 犬はたまに顔をあげて窓の外を見たりしていたが、灰色の景色は好きでないのか つまらなそうに鼻を鳴らすと、またうたた寝を再開した。 「雨はもうすぐあがるから・・・そしたら、きっと散歩に連れて行ってもらえるよ。」 ヴァイオリン工房 〜Werkstatt〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE ドイツからスイスへ向かうアルプスの峠道の宿場として、また、林業の村として 栄えた町ミッテンバルトは、17世紀以降にはヴァイオリン製作でその名を馳せた。 それはイタリアで技術を学び、それを持ち帰った名匠マティアス・クロッツの功績だった。 現在もその伝統を受け継ぐヴァイオリン工房や技術の専門学校がある。 この町で、いくつかの工房をのぞいて見た。 そこの主人の使い勝手や趣味でそれぞれの工房の雰囲気はまちまちだったが、 初めて見るような専門の工具や、不思議な形の道具類が数多く並んでいる様子は どこも共通しており、とても興味をそそられた。 完成しているヴァイオリンしか、これまで見たことがなかったので、 組み上がる前のそれぞれのパーツや部品も、魅力的なオブジェであるかの様に 目に映り、新鮮な感動を覚えた。 それは、ちょうどプラモデルの箱を開けた時の、 何やらわくわくしたような気持ちにとてもよく似ていた。 私も普段、色々な画材類、筆、画台、絵具棚などに囲まれたアトリエに居るせいか、 雑然としている中にも、心落ち着く何かをそこに感じてしまう。 恐らく「ものづくり」に共通する何かだろうと思う。 少しの手間やこだわりで、奏でる音色は違ってくる・・・ そんな"音を生み出す工房"に漂う、心の在りようを一枚の絵にしてみたいと思った。 ローテンブルクの雨 〜Rothenburg〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 昨年、十数年ぶりで、ドイツのロマンティック街道を訪れた。 その名からも分かる様に、はるか古の時代にローマ人によって成された街道であり、 ドイツのほぼ中央に位置する領主司教の街ヴュルツブルクから、スイス国境に近い フュッセンへと至る。ローマ時代から商業道路として利用され、街道沿いの主たる 街は栄え、文化の交流と隆盛の一端を担ってきた。 そんな街のひとつローテンブルクは、今も中世の姿を色濃く留めている。 ”帝国自由都市”当時の城壁・城門や、25もある塔の姿も、一部修復の努力もあり、 ほぼ完全な状態で残されている。街並みは、木組や石積を漆喰で塗り固められた 建物のパステル調の色合いが美しく、店先の看板にも金細工が施されて趣がある。 それらは、まるで童話にでも登場しそうなたたずまいだった。 厳寒の長い冬を、人々は少しでも楽しい気分で暮らしたいと考えて、こんなにも 愛らしい家並みを造り出してきたのでは・・・と勝手に推測したりもした。 訪れたのは真冬だったので、氷の様に凍てついた雪が屋根や道路を覆っていた。 やがて春がくれば、雨が降り雪も解かされてゆく様に、閉ざされて 縮こまりがちだった人々の心も解き放たれてゆくのだろう・・・と 思いを巡らせた。そして、この絵が思い浮かんできた。 ラ・ランス 〜La Rance〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE フランス北西部、ブルターニュ地方。 英仏海峡に面するサン・マロの街から深く切り込んだ入江の喉元、 中世の面影をとどめるディナンという街にその港はあった。 流れがほとんど無く静かに水をたたえている様子は、 港というよりも”おだやかな河”といった風情の、 河辺の景色だった。その流れ沿いに並ぶ 中世時代の面影を残す石造りやハーフティンバーの建物を 見ていると、どことなく当時の様子が目に浮かんでくるようで、 遠い昔日の中世の生活に思いを馳せることが出来た。 そんなノスタルジックな景色広がる目の前を、 突然ボートが横切っていった。 水鏡のように静かな水面を、細長い舟体と長いオールですべっていく様子は、 子供の頃よく見たアメンボを思い出させ、 なぜか周囲の景色までもがどことなく懐かしいような、不思議な気分にさせられた。 月の記憶 〜Memory of the Moon〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 人は同じ様な夢を繰り返しみると云うが、 私は、知らない街とか森の中を歩いている夢を時折みる。 ”知らない”と夢の中では感じていても、恐らく過去に何らかの形で見て 記憶にひっかかっていたのだろう。忙しく、疲れている時には、追いかけられて いるような夢を見たりするが、ある日、珍しく心休まる夢をみたー。 深い森の中にいた。 見上げると、樹影越しにかつて見たことがないほどまばゆく輝きを放っている月が、 空にポッカリとあった。その月に見惚れながら導かれるように足を進めていくと、 月の位置は動かず、樹々自らがつぎつぎ行過ぎていく錯覚を覚えた。 やがて、光に浮かび上がった小さな街が見え始め、その手前に 静かに川が横たわっていた。目覚める迄、ずっと流れゆく水に見入っていたのだが、 ふと「流れ続ける水は決して澱まない」という言葉が思い出された。 ーその後、絵として残したいと思い立ち、その記憶だけを頼りにデッサンを していったが、時間とともに足早にイメージの尻尾は薄れていき、なかなか ”これだ”という一致をみない。しかし、そんな中で月と樹影の印象はとても強く 残っており、まず先に絵の具で描いてみると、夢の中の月が行く手を 照らしてくれたように、その時の光景を徐々に呼び覚ましていってくれた。 この絵は、”月の記憶”が描かせてくれたのかもしれない。 ロクブリュヌ 〜Roquebrune〜 好評展示中 (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE 「のどか」だった。 南仏には斜面や丘の上に築かれた小さな村が多くあるが、 上から望めるような村は数少なく幸運だった。 この辺りの村はたいがい細い道が迷路のように入り組んでいて、家々はそれに 沿わせるように体を歪ませながら身を寄せ合っている。 普段、几帳面な景観に目を慣らされてしまっているせいか、こんな風に歪んだ不規則な 配列が妙に心地よく感じてしまった。古い屋根や新しく修理された屋根屋根は 色も微妙に違い表情も豊かでそれぞれが素性を語りかけてくれ、個性がありながらも 調和がとれている。人もそうありたいと暫く見とれている間にふと気づいた事があった。 この風景を描く為には、おそらくバラの花畑を描く時と同じ絵の具をパレットに 並べる事になるだろう・・・。そんな気持ちが現実の屋根の色味よりも随分と 「バラ色」に近い色での表現へと導かせた。よければ一度、 こんなのどかな村での暮らしを想像してみてほしい。 一日という時間はどう過ぎて行くだろう。 海を遠くに眺めながらのお茶の味はどうだろう。 その時、話題の中心は何なのだろう・・・。 もしかしたら、そんな所に本来の自分を取り戻したり、思い煩う事を 消してくれる何かが隠れているのかもしれない。 何処で生活していようとも、そんな「気持ちの持ちよう」が大切なのだろう。 *村に残る中世時代の城跡の上から村を見下ろした風景で、遠くに見えるのは地中海 祝福 〜Blessings〜 好評展示中 TOP (C)TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE フィレンツェ(フローレンス=花の都ともよばれた)を訪れると 必ずこの橋ーポンテ・ベッキオーに来てしまう。 アルノ川の景色と共に季節や時間帯によって表情が変わり、飽きることがないのだが、 天使が降りてきそうな程低い空の日を印象深く覚えている。 ふと橋が架かったばかりの当時の様子に想いが巡った。 橋によって、対岸同士の行き来が楽になり日常となっていく。 互いの文化が一人一人のふれあいの集まりから花開いていく。 「日本におけるイタリア2001年」の開催を祝うと共に、 両国文化交流の橋渡しを象徴する題材としながらも、 小さな「人の出会い」を祝福する絵を描きたかった。 All of Copyrights TEPPEI SASAKURA / ART TERRACE
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※ デラックス版有ります
*村に残る中世時代の城跡の上から村を見下ろした風景で、遠くに見えるのは地中海